お能仲間との近江路をめぐる旅
この秋、能・狂言好きの仲間と近江を旅してきました。お能、狂言には物語の舞台になった土地がありますが、今回は能「竹生島」に関係の深い琵琶湖の竹生島、能「蝉丸」に所縁の京都と近江の境である逢坂山、能「三井寺」の舞台、近江の三井寺をたずねました。もちろん旅の初日には彦根で喜多流のお能と和泉流の狂言を拝見、2日目の逢坂山では、月心寺の精進料理を頂くという、相当に欲張りな1泊2日の旅でしたが、お能だけ、月心寺だけ参加の人も含めて総勢19名という大勢の同好の士が集いました。
1日目は竹生島へ。彦根港から船に乗ると、琵琶湖の水蒸気のかなたに霞む濃緑の島影がみるみる近づいてきます。その独特の美しい形は、謡に「竹生島も見えたり」とあるように存在そのものがすでに神々しく感じられます。竹生島の国宝に指定された桃山時代の唐門、本殿の豪華絢爛さには圧倒されますが、むしろ琵琶湖と湖北の絵画的な景色やとても詩的な道程を楽しめ、謡の一節も思い出されます。
さて、彦根の街に戻ってきていよいよお能。彦根城内の能舞台は、舞台は野外、見所は建物に組み込まれたスタイルの半野外舞台のため、だんだん黄昏ていく様子が肌に感じられ、風情のある舞台に見る側の気持ちも盛り上がります。曲は野村万作、萬斎の狂言「鐘の音」。友枝昭世の能「黒塚」。どちらも期待に違わずすばらしい舞台でした。
そして終演後には彦根城の回遊式庭園、夜の玄宮園の散策。広いお庭は品よくライトアップされて、手入れされた樹木も幻想的にうつります。すだくような虫の音、池に映る浩々たる月、とまるで狂言にある月見座頭のような世界…。ここでは舟遊びを楽しむこともできます。
翌日は、庵主さんがTVドラマのモデルにもなるほど有名な月心寺さんの精進料理をいただきました。車の爆走する現代的喧燥に満ちた国道1号線を歩いて行くと、なんと塀越しにお香の香りが漂ってきて、別世界に導かれていくよう。門には灯が入り、美しい秋の花が活けられて、客を迎えてくれます。謡にもよく出てくる走井の井も清らかな水をたたえています。そしてお料理は感動的でさえありました。有名な胡麻豆腐、白味噌仕立てのお椀、松茸のご飯、蓮餅と松茸の煮物、たくさんの種類の炊き物の数々。精進料理なのでお出汁に鰹を使っていないのでしょう。どれも滋味にあふれるお野菜の味でした。
その後、東海道沿いに蝉丸神社を3社まわりました。蝉丸といえば「これやこの行くもかえるも別れては」の歌で知られていますが、お能のなかでは、皇子として生まれながら盲目のため逢坂に捨てられるという哀しい運命を持った琵琶の達人として描かれています。
京の境である逢坂という特殊な場所に生まれたこの伝説を考えながら、関寺に縁のある牛塔を経由して三井寺に到着。能「三井寺」でも鐘之段という聞かせどころの謡がありますが、最後のイベントは近江八景にも数えられる三井の晩鐘を撞くこと。三々五々撞いて、余韻の美しい鐘の音とともに近江路ツアーは無事終了しました。お能の世界に思いを馳せながら、近江の魅力にどっぷり浸かった、大変充実した二日間の旅でした。
(プロフィール)
なつみ 東京都 会社員
以前はひたすら西洋文化志向だったのですが、最近はお能の世界に、どっぷり浸かっています。
今回もこの旅が縁で、お謡の会に蝉丸を謡わせていただきました。
お付き合い下さった方々、ありがとうございました。
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