「至福の名旅館へ 一泊二日、和みの旅」特派記者報告(1)

1.宿泊先『倭乃里』

■静寂が際立つ田舎家でのひととき
文・写真/谷村文(主婦)
『倭乃里』と書かれた門をくぐり、本館までは参道のごとく両側に高い木立の並ぶ砂利道が続く。ひんやりとした冷たい空気を感じながら一歩一歩進んでいくと、徐々に懐かしい香りが漂ってくる。宿に着いてその香りの正体がわかった。入り口の脇にある大きな囲炉裏にくべられた桜の木の香りだった。優しいその香りに包まれながら、囲炉裏の前で一服。改めて見渡すと天井が高く、黒光りする太い梁がむき出しになった広い広い田舎家だ。あまりのロケーションの素晴らしさに圧倒されつつも、この宿に対する期待感で胸がワクワクする。
作務衣姿の仲居さんに案内された部屋は本館2階『古都の間』。6月だというのにまだ少し肌寒い土地柄、入ってすぐにこたつがあり、その上には女将さんによる“ようこそ ようこそ どうぞ ごゆるりとお過ごしくださいませ”の書がある。女将さんのお心に感じ入りつつ一服した後、庭の散策に出掛けた。広大な敷地内には本館、そして離れが点在し、小橋あり水車あり、山野草を目で追いながらぶらぶらと歩くのに飽きることがない。背の高い木々と渓流が自然のままに生かされた、つくりこまない美しさがそこにはある。
夕食は、地元の地下水を使ってつくられた限定2000本という銘酒“臥龍桜”と一緒にいただいた。「ここには水と空気しか自慢のできるものがありませんから」とは女将さんの言葉だが、どうしてどうしてこの宿の食事は料亭顔負けの絶品である。こも豆腐、飛騨牛の石焼きといった地元の名品はより洗練され、岩魚の刺し身、河ふぐ(なまず)の昆布締めといった新鮮であるからこそいただける品々には、この地を訪れた有り難みをかみしめる。一品一品供される料理は、そのつど目にも舌にも感動を与えてくれるものだった。
「もしよろしかったら」と、湯上がりの私たちを迎えてくれたのは、番頭さんがつけてくれた燗酒。30cm程に切った竹筒を燗鍋代わりにお酒を入れ、囲炉裏の遠火であぶる。すると、アルコールのつんとする匂いがなくなり、竹のほのかな香りがたつまろやかな燗酒のでき上がり。「お酒の弱いお客さまでも、結構すすんでしまうんですよ」という番頭さんの話に耳を傾けながらついつい楽しくなり、こちらもお礼に、持参した茶箱で一服たてて差し上げる。静寂が際立つ田舎家で、薪の炎に照らされながら弾むおしゃべりと笑顔が、人と人との距離をぐっと近づけてくれる…、そんな一夜でした。

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