「至福の名旅館へ 一泊二日、和みの旅」特派記者報告(2)

4.宿泊先『温泉御宿 龍言』

■幸福な孤独と本物を伝える名宿
文・写真/板羽陸美(会社員)
『龍言』は五感で楽しむ宿である。二間続きの和室には囲炉裏が、板の間のガラスの向こうには池があり、部屋から庭に降りることもできる。目で楽しみ、それから耳を澄ませて静寂を聞く。なんの雑音もないこの部屋でのんびり過ごそうと考える。館内を歩き、廊下の板の感触を楽しむ。露天風呂の場所を確認し、広い庭へ出て土と木の匂いを感じる。
ここは、文化・文政時代の豪族の館を移築した宿だという。約1万6000坪もの敷地内に、10の棟が回廊で結ばれている。広い庭園や池、素晴らしい建築物といったハード面
だけでなく、温かいもてなしが偽りのなさを感じさせてくれる。もちろん料理にも一切の手抜きはなく、「田舎料理です」と差し出された煮豆は絶品であった。
すっかりくつろいだ1日を過ごし、遅くに入った露天風呂にはだれもいなかった。ひとりで湯船につかり、遠くの木々を眺めていると、この世の中にひとりだけのような気分になる。こんなに幸福な孤独を味わえる場所はめったにないと、再訪を胸に誓い帰路に着いた。
私たちは普段、オフィス街の和風の店で食事をし、洋風の家を人工の香りで満たして暮らしている。吟味して洋服や家具を選び、洗練された大人であろうと努力をする。都会の暮らしは便利で刺激的で、本物に触れる機会は多いような気がするが、案外少ないのかもしれない。私にとってこの宿は、「やはり本物にはかなわない」と実感させてくれる大切な一軒である。
“旅のあと しづかに思う 旅のやど”

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