■天下の絶景を味方につけた至極の温泉旅館
文・写真/鎌谷憲彦(会社員)
『文珠荘 松露亭』は、昭和29年に京都の数寄屋師によって建てられ、当年48歳の円熟の料理旅館である。9年前までは『文珠荘別館』と呼ばれていたが、藤本義一氏が松露亭と名付けてよりこの名前になった。3年前に温泉を引き、今では温泉旅館でもある。天橋立によって囲われた阿蘇海に突き出た小さな半島の先端にあり、3方向海に囲まれた絶好の場所にあるこの宿。天下の絶景が旅館の庭になっている格好である。
旅館の善し悪しを決定するのは、一に立地と言われるが、次は、客への応対のすべてを果たす仲居さんではないだろうか。ここの仲居さんは、ふたりで一室を担当する。私たちの部屋はベテランと新人のペアであったが、旅館の伝統が自然と若い世代に受け継がれていく様を見て、この旅館の懐の深さを感じることができた。
山陰の冬は蟹料理と決まっている。私たちが訪れた夏には、地元で獲れるあこうや鱧、あわびが出された。板前さんをはじめ、仲居さん、庭師、フロント、支配人、10数名の裏方さんに支えられる夕食は、料理と数寄環境、そして仲居さんとの三位一体によって織りなされるエンターテインメントだ。
風光明媚な地に時を重ねる宿で、つかの間の寝泊まりをする楽しみは、長く継承される時の厚みに人の心が和むことから生まれるのを見逃せない。文珠堂の境内に立つ松露亭は、内海に囲まれたその類まれな素晴らしい環境を、お寺とともに何代にもわたって継承するための優れた仕組みのようにも思える。お寺と旅館、この組み合わせは、ヨーロッパには修道院を改造したホテルがあるように、世の東西を問わず人を引きつける魅力がひそんでいるようである。
※レポートは、できるだけ原文のまま掲載いたしておりますが、文字数の関係上、多少、割愛または補足させていただきました。
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