真夏の「晴れの日」を家族で祝う、
涼やかな鱧料理
8月1日更新の「節子の番菜覚」は、昨月の「晴れの日の料理」に引き続き、「創業記念日の料理」の一汁三菜を掲載する。毎年8月5日は、鱧をふんだんに用いた膳を前に家族揃って祖先の業績を讃え、故人を偲ぶ日である。
かつて杉本家が生業とした呉服商奈良屋は、江戸中期の寛保3年8月5日の創業。初代当主の杉本新右衛門は、京都の呉服商に14歳で奉公の身となった。その7年後、主家の破綻に伴い、同業の一族、奈良屋安兵衛方に転じ、40歳の時に独立。この時に奈良屋の屋号を譲り受けている。杉本家では創業記念日を「宿場(やどば)入り」と呼び、これはいわゆる暖簾分けを意味する「宿這入」(やどはいり)を示すという。以来、個々の才覚を発揮した二代目、三代目と、京都を本店に、千葉県の佐倉や千葉で商圏を広げ、店風の作興に努めた。年2回の決算期には当主自らが支店を訪ねたそうだ。
創業記念日を迎える杉本家では、祖先の生活を偲ばせる様々な品々を大蔵から出し、床の間へと飾る。創業のための準備品一覧を軸装した掛け軸や店舗管理などのための店則類、決算期の当主の道中を偲ばせる旅装束などが主だったものである。遺品として最も数が多い旅の支度では、書付などが入る提げ箱、旅油単(たびゆたん、雨合羽の意)、手甲(てこう)や脚絆(きゃはん)をはじめ、褌(ふんどし)までも含む旅装束一式などが揃い、煙草好きであったろう二代目の旅支度には旅ギセル、三代目の道中差(どうちゅうざし、武士以外が携帯した脇差)と、代々の当主の面
影や趣向を垣間見ることができる品々が並べられる。
そして、創業記念日のお決まりの膳として調えられるのは、鱧とじゅんさいの吸い物、浅瓜と鱧の皮の酢の物、鱧の焼き物とはじかみ(葉生姜)、それと小芋と焼蒲鉾の炊いた物、という一汁三菜だ。浅瓜と鱧の皮の酢の物は淡い苦みを持つ浅瓜とやや脂身を含んだ鱧の皮が三杯酢に馴染み、ほどよい旨味を出す酢の物。今回は市販の皮ではなく、焼鱧の縁を切り落として用いた。また、杉本家よりほど近い仕出し屋・井傳(いでん)より取り寄せた焼鱧は、香り付け程度に薄くタレを使った薄味の食べやすい味付け。撮影を行った祇園祭直前の7月は、鱧の相場がうなぎ登りにぐんと跳ね上がる時期で、求めた焼鱧は2本で2万円也。これに焼蒲鉾を小芋と一緒に炊いた煮物が付いた一汁三菜はとても贅沢な取り合わせである。
鱧といえば、夏の京料理に欠かせない食材だ。普段、質素を極めた京都の商家の食事としてはさぞかし贅沢な記念日であったろう、と思いきや、「そんなことはない」という。いまでこそ、高級魚として知られる鱧だけれど、骨切りの準備に労を要することもあり、以前は練り物用などとして当たり前に使った手に取りやすい食材であったそうだ。それでも、粥に香の物を常食とした商家ではかなりのご馳走であったに違いない。取材の折は、創業記念日の料理に加え、商家らしい普段の食事を思わせる、鱧の皮丼が食膳に仲間入りした。
7月の祇園祭が終わると、京都は夏本番。暑い夏の日にも食欲が増す工夫が盛り込まれた創業記念日の料理は、Webサイト「散歩好きの京都『節子の番菜覚 (http://sanpozuki.jp)で作り方まで詳しく解説しているので、ぜひ京商家の夏の味わいを試していただきたい。
(協力/杉本節子氏 案内/丹治圭 写真/内海弘嗣)
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