京都の夏定番のお番菜、なす料理
精をつける鰊(にしん)や赤味噌仕立てで食がすすむ
1743年創業の呉服商「奈良屋」を営んでいた杉本家には、年中の用事を覚え書きとして記した「歳中覚」(さいちゅうおぼえ)が遺る。この覚え書きには、夏季の毎月21日に食す昼食の献立として「なすのどんがめ(泥亀)煮」と記されている。この料理が歳中覚に朱筆で書き足され、常の献立として定着したのは明治期ごろのこと。泥亀煮とはいまでこそ聞き慣れない料理名だが、なすを炒めて赤味噌で炊き、摺った黒ごまを混ぜて仕上げた、庶民の素朴ななす料理である。
今回、掲載用の献立を打ち合わせた折、杉本節子さんに「夏の京都らしいなす田楽は見栄えも良いけれど、紹介料理は、ぜひ商家らしいなすの泥亀煮にしたい」と薦めていただいた。その後、蒸し暑い夏の盛りに行われた撮影の時、杉本家の「おくどさん」に赤味噌を炊く濃厚な香りと摺ったごまの香ばしさが立ち上った。旬真っ盛りを迎えているぷりぷりのなすが赤味噌と黒ごまで濃いめに味付けされた仕上がりは、ご飯と共に味わうと、もう一段旨さが増すようだ。食欲が萎えやすい暑い時期だからこそ、節子さんが泥亀煮を選んだ意図がよく伝わってきた。旬の食材を用い、安価で美味しく作り上げるのが商家の食であり、京のお番菜の基本なのである。
そもそも日本人はなす好きで有名な国民性を持つが、京都といえば、とかくなすの品種が多い場所である。一般的な地なすの「長なす」をはじめ、丸く大きなかたちで高価な「加茂なす」は夏の京料理に欠かせないもの。種が少なく小振りな「もぎなす」は天ぷらや煮物、漬け物などとして幅広く用いられる。また、明治以前から京都の庶民に愛されてきたのが「山科なす」で、表皮が薄くてみずみずしく、なすの自体の味を濃く感じる種類だ。流通する際に傷が付きやすいという難点から一時絶えつつあった品種である。最近は京の伝統野菜のひとつとして復活。一般の八百屋で見かけることも多くなり、京都市近郊の農家20戸あまりが露地栽培で作っているそうだ。
9月1日に更新するWEBサイト「散歩好きの京都『節子の番菜覚』連載第5回」では、残暑厳しい時期にお薦めの「なす料理」がテーマである。前述した泥亀煮には地なすを使い、山科なすは鰊(にしん)と合わせて炊き上げ、鰊なすとした。山科なすのふっくらした身は、鰊の煮汁を十分に吸い、夏バテを追い払って元気が出そうな料理に仕上がった。今回は青とうがらしなどの京都の夏にお馴染みの食材も盛り込んで紹介している。
また、夏ならではの報告がもう一つある。「散歩好きの京都」では7月の祇園祭で伯牙山(はくがやま)のお飾り場(※1)となる杉本家を5日間に渡って取材した。この期間、杉本家が所在する矢田町を始め、32箇所の山鉾町が1年で最も重要な時を迎える。この祇園祭の杉本家や矢田町の模様を、祭りの裏方の奮闘ぶりを盛り込み、スライドショー(8月16日更新号)にまとめた。なす料理に舌鼓を打ちつつ、ぜひこちらもご覧頂きたい。
※1 お飾り場:祇園祭の山鉾に載せる御神体や飾り物を、巡行を迎えるまで間、飾っておく場所
(協力/杉本節子氏 案内/丹治圭 写真/内海弘嗣)
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