杉本家の冬支度と聖護院(しょうごいん)かぶの料理
京都の朝夕の寒暖が急に激しくなる、10月下旬を迎える頃、杉本節子さんは冬支度を始める。
毎年、旧暦10月の亥(い)の子(こ)の日を迎えると、杉本家では火鉢(ひばち)が用意される。この日から上巳(じょうし)の節句(雛祭り)の頃まで火鉢を使うと、杉本家の年中の用事を覚え書きした「歳中覚」(さいちゅうおぼえ)には記載がある。亥(い)の子とは、旧暦10月の亥(い)の日、亥の刻に、新穀で搗(つ)いた餅を食べるという平安時代の宮廷行事で、猪(いのしし)の多産にあやかった子孫繁栄のまじないの一種だといわれる。近世になってから炉やこたつを開き、火鉢を出す、冬支度の日となった。
蔵より火鉢を取り出し、灰や木炭を整える。火鉢に使う木炭は、クヌギなどを製炭した茶道炭(さどうずみ 茶の湯炭ともよ呼ぶ)がちょうど良い。火付きが良いし、切り口の模様が菊の花が赤く色付くようで美しい。茶道炭に火を入れると、熱は灰を伝って鉢の中に籠もり、やがて鉢を通って畳を温める。火鉢から立ち上るゆるい熱に手をかざして揉み温め、火箸(ひばし)で火床の案配を見ているうちに、火鉢の周囲はほんのりと暖かな空気に包まれてくる。機密性が高い現代住宅で、炭などの直火で暖を取ることはほとんどしなくなったが、この心地よい温かみは、秋から冬へと向かう季節に格別なゆったりとした時を与えてくれる。杉本家のような古い家屋ならではの心地よい時間の過ごし方だろう。
亥の子の日を迎えた杉本家では、火を入れた火鉢の傍らで、亥の子餅を食す、ということが恒例となっている。亥の子餅は菓子匠「鶴屋吉信」から取り寄せたものであった。この時期の京都では、上菓子店からおまんやさん(餅菓子店)まで広く亥の子餅を取り扱っている。多くが猪の風体を模したような、少し歪んだ楕円形。小豆色の薄い餅の皮で、栗と漉し餡(あん)を練り合わせた上品な甘みに仕上げられている。亥の子というネーミングの勇ましさとは異なる、とても上品な和菓子である。古来の亥の子餅は、大豆、小豆、大角豆(ささげ)、胡麻、栗、柿、糖の7種を混ぜた餅であったそうだ。
11月4日に更新する「散歩好きの京都~近頃京に流行るもの~」 の連載「節子の番菜覚(ばんざいおぼえ)」では、冬支度が始まった家中の様子に合わせ、季節感豊かな温かい料理二品を作っていただいた。「鯛かぶら」と「かぶら蒸し」。二品共に、旬に入った京野菜「聖護院(しょうごいん)かぶ」を用いた献立である。
鯛かぶらは、鯛のあらの旨味と聖護院かぶ特有の甘みを生かして炊き合わせた「あらだき」。かぶら蒸しは、おろして甘みを強くした聖護院かぶに卵白を混ぜ、ぐじ、ゆり根、銀杏(ぎんなん)などに掛け蒸して、薄味のあんをかけて仕上げた椀物。どちらも土鍋やお椀の蓋を開け、湯気と共に香りから楽しむ温かな料理で、晩秋を迎える11月にはぴったりの献立である。
京都ではいずれもお馴染みの家庭料理であるが、これらの調理や京野菜に不慣れな方にも試していただきたいと、掲載するレシピでは、食材の取り扱いや京風の味付けなどを詳しく解説している。ぜひ「節子の番菜覚」をレシピに、山海の旬の美味しさを閉じこめた、ちょっと贅沢な晩秋の食卓を楽しんでいただきたい。
(協力/杉本節子氏 案内/丹治圭 写真/内海弘嗣)
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