今月の「節子の番菜覚」
 このページでは、和楽庵の姉妹サイト「散歩好きの京都~近頃京に流行るもの~」 (http://sanpozuki.jpの好評連載「節子の番菜覚(ばんざいおぼえ)」から、今回は「杉本家のお正月……新年の祝いの食膳」についてご紹介しましょう。


簡素な中に歴史の重み、杉本家の正月料理

この数年の正月は移住した京都で過ごしている。東京に住んでいた時は旅行や里帰りと、正月はいつも慌ただしかった。そのせいか、京都の知人が厳かにたんたんと、毎年変わらない正月を迎えている様子は羨ましいものだった。そんな京都に住んだとはいえ、大晦日となれば、古鐘を探して除夜の鐘を聞き比べたり、白味噌雑煮や正月料理を食べ比べてみたり、神社を訪ねて「かるた始め」や「蹴鞠始め」を眺めたり、身近で未知なニッポンが見たくてじっくり構えてはいられない性分だが……。

杉本家へ足を頻繁に運ぶようになった昨年の暮れは、八坂神社でおけら詣りをし、知恩院の壮大な除夜の鐘突きに見惚れた。いにしえの鐘の音を聴きながら、杉本家の何百年と変わらない旧家の正月を想像してみたものだった。

杉本節子さんに訊ねてみると、「正月は歳中覚の記載がとても細かく、昔からとても大切にしてきた経過が見て取れます」と話しつつ、「戦中、戦後といった物資のない時期を経る中で、途絶えてしまったしきたりや習慣はとても多いのです」といっていた。節子さんの父・秀太郎さんは「京の町家」(淡交社刊)の中で、「食事というものが儀式の一端であるとすれば、この点では、正月は猶(なお)かすかに節を保ち、時の折り目の名ごりを、暮らしの中にとどめている」と記している。

杉本家の元旦の朝。かつては早朝6時に分家の家族が参集し、仏壇の前で顔を合わせて新年の挨拶を交わしたという。それが京の商家が家訓として受け継いできたしきたりであった。現代は家族だけが午前8時頃に顔を揃えて挨拶する。年賀状にしたためるような形通 りの挨拶は、親族皆が顔を揃えた頃の挨拶とまったく変わっていない。そして、食膳に向かい、「お祝いやす」とお雑煮を祝い、食する。

余談だが、白味噌雑煮と一口にいっても、各家の味わいは様々。京都の白味噌といえば、現代の定番的なとても甘い白味噌を思い浮かべる人も多いだろう。けれど、甘みの程度や塩辛さは様々で、いろんな方に訊ねてみると、意外に甘めは控えてほどよく塩辛いものを好む人も多かった。自宅や近所で白味噌を作る方が少なくなった最近は、自分の好みの白味噌を求め、ずいぶん探し歩くこともあるようだ。杉本家の白味噌雑煮は、やや甘めのまろ味のある白味噌であった。

杉本家の白味噌のお雑煮は三が日のもの、7日は七草粥、15日は小豆粥という食のしきたりが現在も守られている。家人の正月の食事は、昆布二つと梅干しを二つ入れた大福茶。白味噌雑煮には、丸形の小餅、頭芋(かしらいも)、小芋、祝い大根。お雑煮を盛った祝椀の蓋には、ごまめ三つ、数の子五つ、叩き牛蒡(ごぼう)二つの、三種の祝い肴を盛りつける。三が日といえども至って簡素な食事である。

正月料理といえば、おせち料理であるけれど、京都ではこれを「おせち」とはいわず、「重詰め」や「お煮染」と呼んでいた。正月用に蔵から出された「貝づくし模様蒔絵組重」に盛りつけられた重詰めは来客用に調えられたもの。中身は祝い肴の数の子、ごまめ、叩き牛蒡。これらに加え、黒豆、小梅、かちぐりを詰め、煮抜き玉 子、串貝、はじかみも添えられる。豪華な食材で飾った現代の「おせち」とは異なる印象であるが、こうした重詰めや雑煮に「棒鱈と海老芋のたいたん」などの京都らしいお番菜も加えた京都一般 の食膳は、東京暮らしが長かった私には、十分に新味と食欲をそそる、魅力的な内容だと思う。

12月28日に更新する「散歩好きの京都~近頃京に流行るもの~」(http://sanpozuki.jp)の連載「節子の番菜覚(ばんざいおぼえ)」では、京商家のしきたりを色濃く残した正月料理や蔵から取り出した正月用の道具類に触れつつ、杉本家の正月風景をお届けする。また、「棒鱈と海老芋のたいたん」を調理するレシピでは、面 倒な下ごしらえのコツも踏まえて解説しているので、ぜひ京都の正月の味わいを試していただきたい。

(協力/杉本節子氏 案内/丹治圭 写 真/内海弘嗣)

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白味噌雑煮と塗りの祝椀の蓋に盛った祝い肴三種。家紋は杉本家のもの。

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棒鱈と海老芋のたいたんの調理で、棒鱈を煮ているところ。

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正月の錦小路で風物といえる、棒鱈。乾物の棒鱈は戻すのが一苦労で、暮れも押し迫ると、店で戻しておいた棒鱈が店先に並ぶ。

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仏壇の正月用のお飾り。五具足や打敷(うちしき)、戸帳(とちょう)、香炉など。

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