京都育ちの思いが詰まった「水無月」
「お店のお菓子は使う粉の配合を変えたり、材料の節約も考えているから、自分で作った方がずっと美味しく、好みに仕上がるような気がします」という、杉本節子さんの手ほどきに始まった菓子づくり。節子さんは、納戸(なんど)に残っていた粉類の処分も兼ね、おばあさんが台所仕事のついでに作った手づくりの和菓子をずっと食べてきたと話していた。台所に立つ祖母や母の姿を見ながらその片隅で、出来立てのお菓子を頬張った心地よい記憶が今も強く残っている様子だった。6月15日に公開した「散歩好きの京都~近頃京に流行るもの~」の好評連載「節子の番菜覚(ばんざいおぼえ)」では、そんな祖母の味を思い出しながら作った、「水無月」(みなづき)と「わらび餅」をレシピ付きで詳しく紹介している。ここでは水無月というお菓子について触れてみたい。
6月に入り、これから夏本番を迎えようとする京都の和菓子店で欠かすことのできないお菓子が「水無月」。三角形にきっちりと切り取った珍しい形で、ういろうの上に甘く煮た小豆が隙間なく散りばめてある。以前からなんの形なのかずっと不思議に思っていたが、思わぬ
ところで教えられることになった。
京都をはじめとする各地の神社で、6月30日に「夏越(なごし)の祓(はら)え」という年中行事が行われている。この行事は神社の社頭に設けられた茅(かや)で作った巨大な輪「茅(ち)の輪」を参詣者が潜ると、災いを避けることができると言い伝えられている。かつては天皇が日常を暮らした平安宮・清涼殿でも茅の輪が設けられ、この祓えの行事が行われていたそうだ。この夏越の祓えを京都の神社に訪ねた折、参詣者に水無月が振る舞われた。その時、これが氷を模したお菓子なのだと初めて聞いたのだ。
確かに白く半透明で鋭く角張ったところは、氷片に似ている。この形は京都の夏の歴史を伝える形なのだそうで、冬に氷室(ひむろ)という貯蔵室に蓄えた氷を6月1日に宮中へ奉納する風習にちなんでいる。京都にはいくつか「氷室」という地名があり、京都市北区の氷室神社には、氷室跡という石碑がある。宮中ではこの氷を振る舞って暑気を払ったのだと伝えられ、そんないにしえの風習までを形取ったお菓子が水無月なのである。
水無月は新粉(米の粉)に砂糖、小麦粉を混ぜて水で溶き、せいろに流し込んで蒸し、蒸している途中で甘煮の小豆を散らす。蒸し加減の難しさこそあれ、1時間もかからずに出来上がり、後は冷めるのを待つばかり。むっちりとしてシコシコの歯触りに、後を引かないほどよい甘みは、和菓子の美味しさをぎっしり詰め込んだよう。食べやすく、つい次へと手が伸びてしまうお菓子である。
京都育ちの人にとって水無月は特別な存在であるように感じられ、6月30日には絶対に食べなければならないと話す人も少なくない。1年の折り返しを告げる節目であると共に、杉本家のような祇園祭の山鉾(やまほこ)町で暮らす人々にとっては、祇園祭が始まる7月1日の切符入りを前に、晴れがましいひと月の訪れを告げるお菓子なのである。
(協力/杉本節子氏 案内/丹治圭 写真/内海弘嗣)
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