熱々の作りたてが一番、家庭の卵料理
日本人は卵が大好き。世界で一番多くの鶏卵を食べている国民で、1年で一人当たり330個以上を口にしている計算になるそうだ。確かに、卵料理が朝食主体の欧米諸国とは異なり、朝から晩のおかずにまで卵料理は工夫されているし、地方独特の料理や味付けが豊富にある。京都人にとっても卵への思い入れは強く、節子さんに聞いてみると、「京都では卵に親しみをこめて<おたまさん>と呼んでいるんです」とのことだった。美味しい新米が食べられる今頃の季節になると、ご飯とよく合うおかずが揃ったお番菜の中でも卵焼きが食べたくなるとか。
甘くて焦げの香ばしさがあとをひく、ふっくらした卵焼きを口に含むと、幼少期のお弁当シーンが頭の中によみがえってくる。お菓子のように甘くともご飯との相性は抜群にいい。そんなノスタルジックな記憶が京都ではまったく通
じないと知ったのは、住み始めてまもなくのこと。京都で甘い卵焼きを話題にすると、子どもからご年配の方まで「甘いなんて信じられない」と口を揃えたように一蹴されてしまった。京都で卵焼きといえば「だし巻き」のことで、さすがはだしのメッカ、と納得するほかなかった。
京都では料理屋から市場の卵専門店の惣菜、お弁当など、「だし巻き」を食べる機会がとかく多い。しかも、どこの料理店や惣菜店の「だし巻き」も同じものはない。作り方は、溶き卵にそれと同量
程度のだしを加えて味付けし、焼きながら巻くという、いたってシンプルなもの。だが、堅さと含ませるだしの量
、だしの取り方に応じた風味の違い、また調味料の味付けから焦がし方と、料理人や店ごとの特色で語られるべき奥深い一品料理だと思う。京都人好みもずいぶん幅広いようで、好みのだし巻きが頂ける店を見つけた時はなんとも嬉しい。かくいう「甘い卵焼き派」だった筆者も、今では入洛する知人たちに機会があるたびに美味しい「だし巻き」を薦める転身ぶり。
しかし、卵焼きの思い出の味を覆すきっかけになったのは、評判の卵専門店や有名な仕出し屋の「だし巻き」ではなく、自分好みに趣向を凝らした家庭の自家製をいただいたときだ。それは滴り落ちるばかりのだし汁を卵の中にふんわりと閉じこめたようなもので、これを熱々のうちに頬張ったとき、日本人なら誰もがこの上ない満足感を得るのではないだろうか、と思った。江戸時代の三大卵料理のひとつに「卵ふわふわ」という、かき卵に味付けして蒸した料理があるのだが、いただいた「だし巻き」はまさにこの料理名そのままのような印象だった。
そんな家庭風の「だし巻き」が自分でも気軽に作れることを教えてくれたのが、今月の「節子の番菜覚」の取材である。「散歩好きの京都~近頃京に流行るもの~」の好評連載「節子の番菜覚(ばんざいおぼえ)」では、だし巻きなどの京都の卵料理をレシピ付きで公開中だ。見てくれこそプロには劣るものの、コツさえ掴めば、味では負けない卵料理ができあがる。作りたての熱々がなにより美味しいのが、卵が家庭料理の定番食材である由縁だ。京都の家庭の味付けばかりでなく、形を綺麗に仕上げる材料のコツまで網羅した今回は必見である。食欲の秋、食膳にだし巻きと漬物でも用意すれば、ついついご飯を食べ過ぎてしまうはず……。
(協力/杉本節子氏 案内/丹治圭 写真/猪口公一)
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